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天疱瘡

本症は、表皮細胞間のデスモゾームに対する自己抗体によって引き起こされる自己免疫性水疱性疾患です。デスモゾーム機能が障害されて表皮細胞同士の接着が破綻し、棘融解(acantholysis)による表皮内水疱を皮膚・粘膜に形成します。免疫病理学的に表皮細胞膜表面に対する自己抗体が皮膚組織に沈着するあるいは循環血中に認められることが特徴です。天疱瘡抗原蛋白は、ほとんどが表皮細胞間接着に重要な役割をしているカドヘリン型細胞間接着因子であるデスモグレインです。
天疱瘡は、尋常性天疱瘡(粘膜優位型、粘膜皮膚型、増殖性天疱瘡)、落葉状天疱瘡(紅斑性天疱瘡)、その他(腫瘍随伴性天疱瘡、疱疹状天疱瘡、薬剤誘発性天疱瘡、IgA天疱瘡)の3型に大別されます。

疫学

全国での天疱瘡患者数は3,500~4,000人と推定され(1997年)、男:女=1:1.36と女性にやや多く、40歳代に発症のピークを認め、ついで50歳代が多い。病型では、尋常性天疱瘡が最も多く(60.6%)、ついで落葉状天疱瘡(26.0%)、紅斑性天疱瘡(9.9%)、増殖性天疱瘡(3.5%)です。

病因

本症の水疱形成における病態生理は、IgG自己抗体が表皮細胞間接着において重要な役割をしているカドヘリン型の細胞間接着因子デスモグレインに結合し、その接着機能を阻害するために水疱が誘導されます。尋常性天疱瘡抗原はデスモグレイン3(Dsg3)、落葉状天疱瘡抗原はデスモグレイン1(Dsg1)です。粘膜優位型尋常性天疱瘡では抗Dsg3 IgG抗体のみを認めるのに対し、粘膜皮膚型尋常性天疱瘡では、抗Dsg3 IgG抗体および抗Dsg1 IgG抗体の両抗体を認めます。落葉状天疱瘡では、抗Dsg1 IgG抗体のみを認めます。その他の天疱瘡の抗体は別表を参照して下さい。
デスモグレイン代償説(desmoglein compensation theory;同じ細胞に2種類以上のデスモグレインアイソフォームが発現している場合は細胞間接着機能を補い合う、即ち、同じ部位にあるDsg1とDsg3は相互に機能を補い合う)により、天疱瘡における水疱形成部位の多様性が説明できます。表皮においてDsg3は表皮下層、特に基底層・傍基底層に強く発現しており、Dsg1は表皮全層に発現が見られ、上層に行くに従い発現が強くなります。一方、粘膜では、Dsg3が上皮全層に強く発現しており、Dsg1は基底層を除く全層に弱く発現しています。血清中に抗Dsg1 IgG抗体のみが含まれる落葉状天疱瘡の場合、表皮では、Dsg3による接着機能の代償がない表皮上層に水疱形成が誘導されるが、粘膜では、全層で多く発現しているDsg3によりDsg1の接着機能障害が代償され明らかな糜爛を形成しません。血清中に抗Dsg3抗体のみが認められる粘膜優位型尋常性天疱瘡の場合、皮膚ではDsg1が表皮全層にわたり発現が認められるため、抗体によるDsg3の接着機能阻害をDsg1が代償し、水疱形成は認められないか、認められても限局されたものとなり、一方、粘膜では発現レベルの低いDsg1は失われたDsg3の接着機能を補いきれず、糜爛が形成されます。同様に、血清中に抗Dsg3抗体のみならず抗Dsg1抗体も含まれる粘膜皮膚型尋常性天疱瘡の場合、Dsg3,Dsg1ともに機能を阻害されるため、粘膜のみならず皮膚にも広範囲な水疱・糜爛を生じます。
デスモグレインの接着機能阻害の機序としては、自己抗体の結合によりデスモグレインの機能を空間的に直接阻害する、あるいは、自己抗体結合後に細胞内シグナル伝達が誘導されて細胞膜上のデスモグレインが減少するなどの諸説が考えられています。
腫瘍随伴性天疱瘡は、悪性または良性の新生物(主にリンパ球系増殖性疾患)に伴い、糜爛形成を主体とした重篤な粘膜病変と多彩な皮膚病変を認め、デスモグレインおよびプラキン分子に対するIgG自己抗体を有する自己免疫性皮膚疾患です。液性免疫のみならず細胞性免疫による粘膜上皮・皮膚への傷害も特徴的です。

症状

(1)尋常性天疱瘡(pemphigus vulgaris)
尋常性天疱瘡の初発症状の多くは、口腔粘膜に認められる疼痛を伴う難治性の糜爛・潰瘍で、重症例では摂食不良となります。口腔粘膜以外に、口唇、咽頭、喉頭、食道、眼瞼結膜、膣などの重層扁平上皮が侵されます。約半数の症例で、口腔粘膜のみならず皮膚にも弛緩性水疱や糜爛を生じます。水疱は破れやすく、辺縁に疱膜を付着した糜爛となり、しばしば有痛性で、隣接した糜爛が融合して大きな局面を形成することもあります。皮疹は頭部、腋窩、鼠径部、上背部、殿部などの圧力のかかる部位に好発しやすく、一見正常な部位に圧力をかけると表皮が剥離し、糜爛を呈します(ニコルスキー現象)。
臨床症状から、粘膜病変が主で、皮膚の水疱・糜爛はあっても限局している粘膜優位型と、粘膜のみならず皮膚も広範囲に侵される粘膜皮膚型に分類されます。
生検は、新しい小水疱か水疱辺縁部を採取します。表皮細胞間接着が失われ、表皮基底層直上の表皮細胞間に裂隙形成を認め、水疱内に棘融解細胞(acantholytic cell)が認められます。基底細胞は上下もしくは隣接する細胞間接着が障害されますが、基底膜との接着は保っており墓石状(row of tombstones)となります。
*増殖性天疱瘡(pemphigus vegetans)
本症は尋常性天疱瘡の亜型で、水疱・糜爛の病変から増殖性変化を生じるNeumann型と、間擦部などの膿疱性病変から増殖性変化を生じるHallopeau型の2型があります。自己抗体は、尋常性天疱瘡と同じ抗Dsg3 IgG 抗体であり、一部の症例では抗Dsg1 IgG 抗体も有します。病理学的に、基底層直上での裂隙形成に加え、表皮の著明な乳頭状増殖、好酸球性膿疱を特徴とします。Neumann型は比較的進行性で難治であり、Hallopeau型は自然消退もあり予後良好とされます。
(2)落葉状天疱瘡(pemphigus foliaceus)
臨床的特徴は、皮膚に生じる薄い鱗屑、痂皮を伴った紅斑・弛緩性水疱・糜爛で、口腔など粘膜病変を見ることはほとんどありません。紅斑は、爪甲大までの小紅斑が多いが、稀に広範囲な局面となり、紅皮症様となることがあります。好発部位は、頭部、顔面、胸、背などのいわゆる脂漏部位で、ニコルスキー現象も認められます。
病理組織所見では、表皮細胞間接着が失われ、角層下から顆粒層の表皮上層に裂隙形成(subcorneal acanthlysis)が認められます。水疱内に認められる棘融解細胞は、数が少なく注意深く探す必要があります。
*紅斑性天疱瘡(pemphigus erythematosus)
落葉状天疱瘡の局所型である。顔面の蝶形紅斑様もしくは脂漏性皮膚炎様の皮疹を伴うことが臨床上の特徴です。
(3)腫瘍随伴性天疱瘡(paraneoplastic pemphigus)
最も頻度の高い臨床症状は、難治性の口腔内病変である。口腔内から咽頭にかけた広範囲の粘膜部に糜爛・潰瘍を生じ、赤色口唇まで血痂・痂皮を伴う糜爛を特徴とします。大多数の患者は眼粘膜病変を伴い、偽膜性結膜炎を認め、高度の病変のため眼瞼癒着を生じることもあります。食道・鼻粘膜・膣・陰唇・亀頭部粘膜病変にも好発します。皮膚病変は多彩であり、紅斑、弛緩性水疱、緊満性水疱、糜爛、多形滲出性紅斑様皮疹、扁平苔癬様皮疹などを認め、慢性型では、苔癬型皮疹が目立ちます。また、手掌・足蹠に多形滲出性紅斑様皮疹を認めれば、手掌・足蹠に皮疹をほとんど認めない尋常性天疱瘡との鑑別に有用です。
随伴する腫瘍は、その多くがリンパ球系の増殖性疾患であり、一般的に頻度が高い固形腫瘍である消化管、肺、乳線における腺癌、扁平上皮癌、あるいは皮膚における基底細胞癌、扁平上皮癌を随伴することは稀です。閉塞性細気管支炎(bronchiolitis obliterans)様肺病変による進行性の呼吸器障害を合併することがあるので注意が必要です。
病理所見は、臨床症状を反映して多彩です。皮膚病変部は、尋常性天疱瘡様、多形滲出性紅斑様、扁平苔癬様などの所見があります。水疱部は、基底層直上で棘融解を認めるが、表皮細胞壊死および表皮内へのリンパ球浸潤を伴います。更に、基底細胞の空胞変性、真皮上層に帯状の密なリンパ球浸潤が見られることもあります。好酸球浸潤は稀です。
(4)その他の天疱瘡
(a)疱疹状天疱瘡(herpetiform pemphigus)
古典的天疱瘡の亜型とされる臨床的にジューリング疱疹状皮膚炎に似て、掻痒性紅斑と環状に配列する小水疱が特徴ですが、蛍光抗体法所見にて天疱瘡と同様にIgGクラスの表皮細胞膜表面に対する自己抗体が検出される疾患を疱疹状天疱瘡とします。病理学的には古典的天疱瘡で見られる棘融解が明らかでなく、好酸球性海綿状態が主な所見です。
(b)薬剤誘発性天疱瘡(drug-induced pemphigus)
明らかな薬剤投与の既往の後に、天疱瘡様の所見を呈するものがこれに相当します。様々薬剤の関与が報告されていますが、D-ペニシラミン、カプトプリルが有名です。多くの症例では、薬剤中止後に症状は軽快します。
(c)IgA天疱瘡(IgA pemphigus)
臨床的に弛緩性膿砲・水疱が多発する疾患で、DIFで表皮細胞表面に反応するIgAが認められます。病理学的に、角質下に膿砲を認めるsubcorneal pustular dermatosis (SPD) 型と、表皮全層に好中球浸潤・膿砲を認めるintraepidermal neutrophilic (IEN) 型の2病型に分類されます。SPD 型では、IgA自己抗体の標的抗原はDsc1であるが、IEN 型の標的抗原は未だ不明です。

天疱瘡の分類と標的抗原

病名Igクラス標的抗原
尋常性天疱瘡 粘膜優位型IgGDsg3
粘膜皮膚型IgGDsg3 + Dsg1
増殖性天疱瘡IgGDsg3, (Dsg1)
落葉性天疱瘡  IgGDsg1
紅斑性天疱瘡IgGDsg1
腫瘍随伴性天疱瘡IgGDsg3, Dsg1,デスモプラキン、エピプラキン、エンボプラキン、ペリプラキン、プレクチン、BP230
疱疹状天疱瘡IgGDsg1, Dsg3
薬剤誘発性天疱瘡IgGDsg1, Dsg3(特定できないこともある)
IgA天疱瘡IgADsc1 (SPD型)、*IEN型は不明

治療

早期の確定診断を行い、初期治療を十分行うことが重要です。本症は皮膚科専門医が治療を行うべきであり、高次医療機関での加療が原則です。
重症例では、治療により水疱・糜爛の消失だけでなく、ステロイド漸減後、少量のステロイド(プレドニゾロン10mg/日以下)による治療のみで寛解維持されることが必要です。天疱瘡重症度判定基準に従い重症度スコアを算定し、重症度を的確に把握することが肝要です。
一般的には、プレドニゾロン1.0 mg/kg/日で開始し、皮疹の新生が止まったことを確認後1週間程度して減量を開始します。2週間で初期投与量の約10%の割合で減量し、初期投与量の50%以下、あるいは20mg/日以下ではさらに慎重に行います。再燃傾向を認めた場合は、その時のステロイド投与量の1.5-2倍に増量するとともに、再燃を抑制するために免疫抑制剤の補助療法を併用します。間接蛍光抗体法、ELISA法による血中抗体価チェックは定期的に施行して、疾患活動性をモニタリングすることが重要です。また、ステロイド内服開始前に糖尿病、高血圧、消化管潰瘍、感染症などの合併症に注意を払う必要があります。
ステロイド内服が無効な場合や減量できない場合には、アザチオプリン(2-4mg/kg/日)、ミコフェノレート・モフェティル(2-3g/日)、シクロスポリン(3-5 mg/kg/日)、ミゾリビン(1-3mg/日)シクロフォスファミド(1-3mg/kg/日)、などの免疫抑制剤の併用療法を考えます。いずれの免疫抑制剤においても、肝臓、腎臓障害、骨髄抑制作用、感染症に注意が必要です。
ステロイド内服などの通常の治療法に反応しない場合、γグロブリン大量静注(IVIG)療法により、ヒト免疫グロブリンを400mg/kg/日を5日間連続投与します。これは全般的な免疫抑制を伴わない唯一の治療法です。
ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン 0.5-1 g/日、3日間)は、重症例において有用性が報告されています。
血漿交換療法(週 2回、3ヶ月まで)は、重症例への即効性のある治療法であり、また、ステロイドの減量を速やかに行うことが可能なので、導入を考慮すべき治療法です。また、この治療終了直後に、ステロイドパルス療法、シクロフォスファミドパルス療法やIVIG療法を併用することが推奨されています。
今後、抗CD20抗体療法などの生物学的製剤の有用性についても検討中ですが、現在のところ未承認です。
外用局所療法として、水疱・糜爛の湿潤面には抗生物質含有軟膏、ステロイド軟膏を塗布します。口腔内の糜爛・潰瘍には口腔粘膜用ステロイド含有軟膏、噴霧剤などを使用します。

予後

一般的に、尋常性天疱瘡は落葉状天疱瘡に比べ難治性で、予後は悪く、特に口腔粘膜病変は治療抵抗性であることが多いです。但し、紅皮症化した落葉状天疱瘡はこの限りではありません。ステロイド療法導入により、その予後は著しく向上しましたが、その副作用による合併症が問題となります。
尚、臨床的に皮膚・粘膜病変を認めず、治療がステロイド並びに免疫抑制剤のいずれもが不要になり、1年以上経過した場合を「軽快」とみなします。 *天疱瘡は厚生労働省により特定疾患に指定されていますので、地域の保健所や病院にある申請書類を主治医に記入して貰い、都道府県の所轄課に申請します。認定されれば、医療費が補助され、毎年一回書類により再審査を受けます。

執筆:2011.3