結節性多発動脈炎
当院で掲載している希少難治性疾患に関する説明は、患者さん並びにご家族の皆様に参考となる情報提供であり、その検査や治療は当院では行っておりません。
また、紹介すべき病院に関しても適切な情報を持ち合わせておりません。
尚、当院では希少難治性疾患に対する医療相談は行っておりませんので、ご理解のほど宜しくお願いします。
1866年Kussmaulは、原因不明の血管に炎症が生じる慢性疾患のうち、血管周囲に結節ができて、中・小動脈を炎症の場とする壊死性血管炎を結節性動脈周囲炎(Periarteritis nodosa)と命名しました。その後、本症として診断されていたもののうち、中小動脈にのみ血壊死性管炎をおこすものと、細動静脈と毛細血管に壊死性血管炎を起こすものに分類できる事が明らかとなり、本邦では2005年から前者を結節性多発動脈炎(Polyarteritis nodosa;PAN)、後者を顕微鏡的多発血管炎(microscopic polyangiitis; MPA)と称して、2疾患に分離されて現在に至ります。両者間には病因、臨床症状、病理組織所見、検査成積、予後において、明らかな差異が存在します。
本邦では、未だPANとMPAを別々の疾患として調査した全国成績は存在しません。PANとMPAの両疾患を一疾患(結節性動脈周囲炎)として調査した成績(2006年)では、全国で5159例、男女比は2:3です。また、60~80歳に患者数のピークが認められます。しかし、PANとMPAの患者比率をみると、1:20程度の割合です(群馬県、佐賀県の成績)。この事から、全国で250例程度と推定され、且つ年間の新規発症症例数は50人程度と考えられます。また、PANの発症年齢はMPAに比較して若干若い年齢者に多く、平均55歳です。男女比は3:1でやや男性に多い傾向です。
原因不明ですが、B型肝炎ウイルスやヘアリーセル白血病の関与も示唆されていますが、いずれも認めないものが多いです。
症状
PANは中小動脈があるところならどこにでも血管炎がおきうるので、全身諸臓器の症状は多彩です。その症状は炎症による全身症状と、罹患臓器の炎症・虚血・梗塞などによる臓器障害の症状があります。また、MPAが除外されてからの症状は、従来の症状とは多少異なってきています。全身症状
全症例の中で、発熱(38~39℃)が80%に、体重減少が60%に、高血圧が20%の症例に認められます。発熱は抗生剤抵抗性であり、かつ悪寒・戦慄を伴うことは稀です。体重減少は数ヶ月以内に6kg以上の減少をきたします。高血圧は糸球体虚血によりレニン・アンギオテンシン系の活性化により発症し、悪性高血圧の所見を呈します。臓器症状
筋肉・関節症状は80%に、皮膚症状(紫斑、潰瘍、結節性紅斑)は60%に、腎障害(急性腎不全、腎炎)・高血圧は50%に、末梢神経炎は50%に中枢神経症状(脳梗塞、脳出血)は25%に、消化器症状(消化管出血、穿孔、梗塞)は20%に認められます。また、心症状(心筋梗塞、心外膜症)や肺・胸膜症状、眼症状などを呈することもありますが、その頻度は稀です。筋肉:筋肉を栄養する血管に血管炎が起こると、筋肉痛の原因となります。クレアチンキナーゼも上昇します。ただし本病変については、通常皮膚筋炎・多発性筋炎ほどの重症度ではありません。
皮膚:皮膚を栄養する血管に血管炎が生じ、網状皮斑、皮膚潰瘍、紫斑、結節性紅斑がみられます。
腎臓:中小動脈の血管壁の炎症細胞浸潤が特徴で、顕微鏡的多発血管炎やウェゲナー肉芽腫症にあるような半月体形成性糸球体腎炎はありません。診断には腎生検が有用です。腎血管の障害による高血圧をおこしやすく、最終的には腎不全に至る例も多いです。
神経:神経を栄養する血管に血管炎がおこると、末梢神経障害を生じます。系統だっていない多発単神経炎のかたちをとりやすい。中枢神経の血管炎は頻度が低いですが、生ずると脳梗塞や脳出血をおこし経過は重篤です。
消化管:腸を栄養する血管に血管炎が起こると(腸間膜動脈血管炎)、血便や消化管潰瘍の原因となります。大量下血により生命の危機に至ることもあります。大腸内視鏡による潰瘍部の生検が診断に結びつくこともあります。
心臓:心臓を栄養する血管に血管炎が起こると(冠動脈血管炎)、極めて重篤な心筋梗塞を起こします。通常の治療には反応せず、突然死の原因となることもあります。
眼:眼動脈に血管炎を起こすと、黒内障といって突然失明することがありますが稀です。
検査
血液・尿検査:白血球数の増加、血小板の増加、CRP高値、血沈の亢進などを認められます。しかし、疾患特異的な検査成積は存在しません。尿には、蛋白と沈査に赤血球が認められます。放射線画像検査:血管造影やMRAで血管壁に動脈瘤の形成が認めることがあります。特に、腸間膜動脈や腎実質内血管に認めることが多いです。
血管生検:臓器障害部位の中枢側に病変を認めます。中小動脈の動脈壁には好中球や単核球といった炎症細胞の浸潤がみられ、一部はフィブリノイド壊死をおこします。内・外弾性板の断裂がみられます。腎糸球体には、一般的には半月体形性所見は認められません。顕微鏡的多発血管炎と鑑別する為、細小動脈の壊死性血管炎がないこと、静脈の炎症がないことを確認する必要があります。
本症の診断は、生検による病理学的検査によって確定できます。生検による診断がなくても診断することもありますが、可能ならば病理学的検査で確定することが望ましい。 尚、結節性多発動脈炎の診断基準(難治性血管炎分科会、1998)が診断に用いられます。
治療
全身症状や罹患臓器の症状によって、多少異なる治療法になることもありますが、原則はステロイド治療を行います。病状が重篤な症例では、初めにステロイドパルス療法を施行し、その後は経口ステロイド(プレドニソロンPSL 0.8mg/kg/日)を投与します。また、1ヵ月後にはシクロホスファミド(cyclophosphamide:CY)を10~8mg/kg程度で点滴投与します。この点滴を4~6回繰り返すのが一般的です。経口ステロイドは病状改善と共に漸減しますが、PSL5mg/日は数年に亘り再燃防止の為に継続投与する必要があります。軽症例では、経口ステロイドのみで治療します。尚、病状の回復期には、血管炎の治癒過程で生じる血管内腔の狭窄による末梢側の虚血から、種々の臓器障害を生じます。この為、血栓溶解薬、抗血小板凝集抑制薬、血管拡張薬を投与します。また、高血圧は積極的に降圧治療を行います。重篤な臓器障害が生じた場合はそれに応じた治療を行います。例えば心筋梗塞に対する冠動脈形成術、腎不全に対する透析治療や腎移植や腸管に対する腸切除などです。
予後
早期に診断して血管病変が重篤化しない時期に治療を開始すれば、完全寛解になることもあります。しかし、多くの症例は、多少の臓器障害を残して寛解に至ります。特に知覚障害、運動障害、維持透析でQOL(quality of life)の低下を来す症例が多く存在します。本症の診断が遅れて治療開始が遅延すると、脳出血・消化管出血・穿孔・膵臓出血・心筋梗塞・腎不全などの臓器障害で死亡する頻度が高くなります。
※本症は特定疾患のため、医療費助成の制度があり、「特定疾患医療受給者証」の交付を受けると治療にかかった費用の一部が助成されます。
執筆:2010.7