後天性特発性全身性無汗症
後天性特発性全身性無汗症 (acquired idiopathic generalized anhidrosis)
本症は、無汗の分布がほぼ全身の広範囲に及ぶもので、後天的に明確な原因なく発汗量が低下し、発汗異常以外の自律神経異常や神経学的異常を伴わない稀な疾患です。従って、後天性に生じた神経疾患、自己免疫性疾患、内分泌・代謝性疾患から生じる無汗症や、薬剤による続発性の発汗障害は除外されなければなりません。
特発性後天性全身性無汗症の中で最も多くみられるものとして、特発性純粋発汗不全 (
idiopathic sudomotor failure ; IPSF) というものがあります。若年者に急性発症し、精神性発汗は保たれ、コリン蕁麻疹を伴い、汗腺組織に変性はみられず、ステロイドが奏効する一群です。
原因
汗腺の機能異常と考えられており、下記のような機序が考えられています。
1)発汗神経障害 (sudomotor neuropathy)
汗腺支配の皮膚交感神経活動が低下しています。障害部位(①視床下部②延髄・脊髄③交感神経節前・節後遠心性神経)によって症状が異なります。
2)特発性純粋発汗不全 (IPSF)
発汗運動神経末端からの放出されるアセチルコリンは正常または亢進していますが、汗腺のコリン受容体が不応のために生じると考えられています。コリン受容体の発現異常や受容体に対する自己抗体などの自己免疫機序が推察されています。
3)特発性汗腺不全 (sweat gland failure)
長期間の発汗神経障害やIPSFによる無汗症の二次的変化によって、汗腺自体の組織変性が生じる可能性、また、原発性に免疫的な破壊などが選択的に汗腺に生じて無汗を呈する可能性も考えられています。従って、多くの病態が混在している可能性があります。
疫学
特発性純粋発汗不全症 (idiopathic pure sudomotor failure;IPSF)では、患者の85%以上は男性です。また、発症年齢は1-69歳と広範囲ですが、好発年齢は10-30歳台です。
臨床症状
無汗部位は広範囲で対称性に出現し、皮膚は乾燥傾向になりますが、顔面、腋窩や手掌・足底の発汗は保たれる傾向があります。
体温調節に重要な発汗障害があるため、運動時や高温環境下では容易に熱中症を発症し、全身のほてり、脱力感、疲労感、眩暈、悪心、動悸や体温上昇などのうつ熱症状が出現して筋肉痛・意識障害・痙攣などに至ることもあります。また、皮膚のピリピリとした痛みを自覚したり、膨疹がみられたりするコリン性蕁麻疹を伴うことがあります。大多数は慢性経過をとることが多いが、一部に自然寛解することもあります。
検査
1)温熱発汗試験(ミノール法など):全身の発汗の分布と程度を把握します。併せてサーモグラフィーで体温上昇の有無を観察することも有用です。
2)薬物性発汗試験:病巣局所に5%塩化アセチルコリンを皮内注射して、5-15分後に発汗を観察します。汗腺自体の機能をみることができます。
3)定量的軸索反射性発汗試験(QSART: quantitative sudomotor axon reflex test) :アセチルコリンをイオントフォレーシスにより皮膚に導入し、軸索反射による発汗のみを定量する試験です。IPSFでは発汗が誘発されません。
4)皮膚生検:汗腺の萎縮や変性、汗腺周囲や汗腺自体への炎症性細胞浸潤の有無などを評価します。
5)血清総IgE: IPSFで高値を認める場合があります。
治療
熱中症を避けるために、暑熱環境つまり蒸し暑い環境や状況からの回避、運動を制限すること、体の冷却(例えば冷房を上手に使用する、衣類の調節、クールベストやクールマフラーの着用、保冷剤を携帯して頚や腋窩、鼡経部を随時冷やす、ペットボトル水の携帯など)についての生活指導を行います。それでも熱中症をおこしたことがあるか、その危険性が高い、もしくは生活や仕事に大きな支障をきたす場合には治療の対象になります。
治療として推奨されているのはステロイドの全身投与です。エビデンスレベルは高くありませんが、多数の有効例の報告があることから推奨されています。
投与方法としては点滴パルス療法単独、内服療法単独、点滴パルス療法後に内服療法を行うものなどがありますが、これらいずれが良いのか、投与量やパルス療法施行回数については明確なエビデンスはなく、決められた方法もありません。また発症後長期間を経た例や、汗腺組織の変性がみられる例では反応が悪いとの見解もあります。
ステロイドが無効な例ではシクロスポリン投与も試みる価値はあります。しかし報告症例は限られています。さらに柴苓湯、塩酸ピロカルピン、温浴療法などを試みられています。
執筆:2014.6