α-リポ酸
α-リポ酸(α-lipoic acid、別名:チオクト酸)
α-リポ酸は、好気性生物の細胞内ミトコンドリアに存在し、多数の酵素酵の補助因子として欠かせない光学活性のある有機化合物です。特にクエン酸回路のピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体(PDC)の補因子として働き、細胞のエネルギー産生に関与しています。また、α-リポ酸は、アシル基もしくはメチルアミンを2-オキソ酸デヒドロゲナーゼ(2-OADH)とグリシンデカルボキシラーゼ複合体(GCV)のそれぞれに運搬します。この分子はカルボキシル基と環状のジスルフィドを含み、生物学上で重要なのはR体の方です。α-リポ酸の酸化体はβ-リポ酸、還元体はジヒドロリポ酸です。
α-リポ酸は生体機能に不可欠な成分ですが、体内で合成することができるためビタミンではなく、ビタミン様物質として扱われています。また、抗酸化物質でもあるため抗老化作用が注目されています。α-リポ酸は医薬品としても利用されており、その適応は、「激しい肉体疲労時にチオクト酸の需要が増大したとき」、「亜急性壊死性脳脊髄炎」、「中毒性(抗生剤のストレプトマイシン、カナマイシンによる)および騒音性(職業性)の内耳性難聴」です。但し、効果が無いのに長期間使用すべきでないとの注意事項もあります。副作用(頻度は不明)は食欲不振、悪心、下痢です。
2004年3月の「医薬品の範囲に関する基準の一部改正」により、食品にも利用できるようになったため、α-リポ酸は「疲労回復によい」「運動時によい」「糖尿病によい」「ダイエットによい」「老化防止によい」などと、その効果が過大宣伝されています。しかし、食品として流通しているα-リポ酸商品は一般的に品質・規格が明確でない(添加されたα-リポ酸の純度、α-リポ酸以外に添加された成分の影響など)ため、それらの商品に医薬品と同等の安全性・有効性が期待できるとは限りません。健康食品を選択・利用する際には、科学的根拠の乏しい情報に振り回されず、日常のバランスのとれた食生活・運動・休養が最も重要であることを常に認識し、冷静にその必要性を判断すべきです。特に、α-リポ酸は後述のインスリン自己免疫症候群(IAS)を発症させる可能性もあるので、注意すべきです。
ヒトにおける有効性情報
II型糖尿病患者において、α-リポ酸内服あるいは点滴静注によりインスリン感受性および糖代謝能の改善を認め、グリコシル化ヘモグロビン(HbA1c)値には影響を与えないという報告もありますが、更なる科学的検証が必要です。また、糖尿病患者の末梢神経障害に対しては有効性が示唆されています。
予備的な知見によると、α-リポ酸を337日以上経口摂取したところ、各種の認知症患者の認識能の低下を軽減したという結果が報告されていますが、更なる科学的根拠の蓄積が必要です。
α-リポ酸の抗酸化作用に関連した基礎的な研究論文が多く報告されています。また、今話題になっているα-リポ酸による痩身効果に関する論文は、そのほとんどが動物試験あるいは試験管内実験のレベルであり、ヒトにおいてα-リポ酸を経口投与して体脂肪の減少を評価した信頼できる論文は殆ど見あたりません。従って、両者とも今後の科学的な検証が必要と考えられます。
ヒトにおける安全性情報
適切な使用方法や使用量で経口摂取する場合、安全性が示唆されています。ただし、妊婦・授乳婦等における安全性については信頼性の高いデータが十分に得られていないので使用は避けることが妥当です。
ヒトにおける危険情報
糖尿病の既往の無い健常人がα-リポ酸またはα-リポ酸を含むサプリメントを3日~7ヶ月間摂取したところ、低血糖発作を起こしてインスリン自己免疫症候群(IAS)を発症したという報告が急増(2009年2月までに33例の報告あり)しているので、注意喚起が必要です。
*インスリン自己免疫症候群(IAS)
IASは、1)空腹時低血糖、2)血中インスリン(IRI)高値、3)大量のインスリン自己抗体の存在が特徴で、インスリン注射歴がないにもかかわらず突然、重度の低血糖発作を起こして発症します。IASの発症には、HLA型の中で日本人に多いとされるDR4(DRB1*0406)が強く関連すると考えられています。また、投薬歴がなく原因不明な症例が半数以上を占めるものの、投薬歴がある場合、SH基を持つ薬物(メチマゾール、チオプロニン、グルタチオンなど)が誘因になることが明らかになってきました。α-リポ酸もまた、体内で還元されて2つのSH基を持つジヒドロリポ酸に変化して、インスリン分子のS-S結合に作用し,分子構造を修飾してIASを生じると考えられています。
IASの発症機序
1)インスリン分子のジスルフィド結合(S-S結合)が、SH基を持つ薬物によって切断(還元)されα鎖とβ鎖が分離します。
2)単離したα鎖内の一部が露出し、特定の蛋白を抗原として提示するDRB1*0406分子がこれを認識して結合します。
3)その結果、T細胞が活性化されインスリン自己抗体を産生します。
4)自己抗体がインスリンと結合して作用を中和してしまうため、膵臓はインスリンを多量に分泌します。
5)しかし、インスリンとの結合は弱いため、容易に抗体がインスリンから解離し、生理活性を持つインスリンの血中濃度が上昇して低血糖に至ります。
従って、DR4(DRB1*0406)を持つ人の割合は日本人の6~8%とそれほど多くはありませんが、この型を持つ人がSH基を含む薬物を服用するとIASを発症するリスクは高くなると考えられています。