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老化遺伝子、クロトー遺伝子

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老化遺伝子

老化現象は加齢に伴い個体の統合メカニズムが生理的・機能的に劣化してくることを意味し、加齢と共に種々の生活習慣病の発症頻度も増加する。近年になり、個体の老化に関与する遺伝子が存在することが発見され、老化が遺伝子によっても制御されていることが示唆されている。特に、臨床ではウェルナー症候群(Werner syndrome)、ハッチンソン・ギルフォード早老症候群(Hutchinson-Gilford progeria syndrome)、コケイン症候群(Cockayne's syndrome)、ロスモンド・トムソン症候群(Rothmund Thomson syndrome)などの遺伝的早期老化症が存在し、ウェルナー症候群とハッチンソン・ギルフォード症候群などに関しては既に原因遺伝子の同定がなされている(詳細は後述)。老化を制御する遺伝子の活性機序を解明できれば、老化を遅延させたり、老化と密接に関連して現れる種々の疾患の治療又は予防にも応用できるかもしれないため、現在精力的な研究が展開されている。

クロトー(Klotho)遺伝子

クロトー遺伝子は早発性老化症状を呈するマウスから同定され、引き続いてヒトの相同遺伝子(13q12)も同定された。この遺伝子を欠損したクロトー変異マウスは短命(約60日)で、様々な老化類似症状(成長障害、活動性低下、運動機能障害、難聴、皮膚老化、肺気腫、動脈硬化、骨粗鬆症、異所性石灰化、循環機能障害、骨密度低下、カルシウム・リン代謝異常、ホルモン産生細胞の異常、胸腺萎縮、B細胞の分化障害、生殖細胞の成熟障害、血糖値低下など)を示す。一方、クロトー過剰発現マウスは平均寿命を20-30%程度延長することが証明されており、ヒトにおいてもクロトー遺伝子多型が老化症状と関連があり、生活習慣病発症にも関与していることが示唆されている。
これらのことから、クロトー遺伝子は抗老化遺伝子であり、クロトー蛋白(分泌型蛋白)は抗老化ホルモンと考えられている。また、クロトー遺伝子は生殖機能を含めた個体の発生・成熟とその恒常性機能維持機構(Ca‐Pi代謝、ホルモン・血糖・水分・電解質調節など)に深く関与しており、その機能の破綻により多彩な老化症状が出現するのではないかと示唆されている。しかし、クロトー遺伝子の機能には未だ不明な点が多く、今後の展開が期待されている。

現在までのクロトー遺伝子が関与している知見について、簡略に記載する。
1)クロトー蛋白は老化抑制ホルモンとして働く
ヒトクロトー遺伝子は5つのエクソンと4つのイントロンから成り、スプライシングの違いにより2種類のmRNAから転写されて2種類の蛋白質が生成される。一方のクロトー蛋白は、N末端のシグナル配列領域、細胞外ドメイン領域及びC末端の膜貫通ドメイン領域を有する構造を持つ1型膜貫通型蛋白であり、細胞外ドメインは細菌あるいは植物のβ-glycosidaseに相同性をもつ2つのドメイン(KL1、KL2)より構成されている。もう一方のクロトー蛋白は、N末端のシグナル配列領域とKL1ドメイン領域を有する分泌型蛋白である。ヒト組織では分泌型クロトー蛋白の方が細胞内で優位に発現している。
クロトー蛋白が細胞外に分泌されて血液循環中にホルモンとして放出される機序は少なくとも3つ存在する。
a)分泌型クロトー蛋白がそのまま細胞外へ放出される。
b)クロトー膜貫通型蛋白の細胞外ドメインが、ADAM10&17によって切断(αカット、βカット)されて放出される。
c)細胞外Ca濃度の低下に応答して、細胞内にあるクロトー膜貫通型蛋白がNa+,K+-ATPaseと結合して複合体を形成して細胞表面に移行し、そこでクロトー蛋白が切断されて細胞外に放出される。
上記のような機序で血液中に放出されたクロトー蛋白はホルモンとして、細胞内のInsulin/Insulin-like growth factor1(IGF1)シグナル伝達経路を適度に抑制して長寿に導く、老化抑制ホルモンとして働くと考えられている。しかし、クロトー蛋白が結合する受容体はまだ全ては確定されていないため、その細胞内へのシグナル伝達経路はまだ正確には解明されていない。 また、クロトー蛋白によりInsulin/ IGF1シグナル伝達経路が抑制されると、Forkhead box O (FOXO)と呼ばれる転写因子を活性化してsuperoxide dismutase(SOD)やカタラーゼの発現が誘導されて、生体を酸化ストレスから保護する。
クロトー蛋白はホルモンとして血液循環中に存在するため、血管内皮細胞は常にクロトー蛋白に接触しやすい。従って、クロトー蛋白は血管内皮細胞の機能を調整し、その細胞が産生するnitric oxide (NO)を制御している可能性もある。

2)クロトー蛋白はカルシウム・リン(Ca‐Pi)代謝を制御している。
クロトー遺伝子は主として腎尿細管、PTHを発現している副甲状腺の主細胞、脳脈絡膜などの限定された組織に発現し、いずれも生体内もしくは組織でCa代謝に深く関わっている可能性が示唆されている。
クロトー蛋白は骨由来のFGF23と協同してFGF受容体に結合して、FGF23シグナルを細胞内に伝え、近位尿細管での1α-hydroxylase(1α-OH)活性を抑え、活性型ビタミンD(1,25(OH)2 D3)産生を抑制する。即ち、クロトー蛋白は活性型ビタミンD合成を制御する新たな調節回路の因子として機能していると考えられる。また、FGF23-クロトー系シグナルは腎尿細管でのリン(Pi)の再吸収を抑える。
一方では、クロトー蛋白はTypeⅠ-β-glycosidase familyに属するが、glycosidase活性は有さずにglucuronidase活性を持ち、transient receptor potential vanillloid 5(TRPV5)イオン回路を活性化する。この活性化を介して腎臓におけるCa代謝を制御していることも解明されている。
実際、クロトー変異マウスでは血清中のCa, Pi, ビタミン Dが高値を示し、1α-OHの発現も顕著に亢進している。そして、クロトー変異マウスにビタミンD制限食を与えると、このような表現型は改善する。クロトーのビタミンDを介するCa‐Pi代謝における重要性はマウスだけでなくヒトでも示されている。このように、Ca‐Piホメオスターシスを制御する上でFGF23‐クロトー系が重要な役割を果たしている。
尚、クロトー変異マウスの細胞内では、Ca依存性の蛋白分解酵素であるμカルパインの顕著な活性化が生じている。クロトー遺伝子の発現が低下することでカルパインの活性化が亢進して、細胞死や組織の分解が助長されている可能性もある。

3)クロトー蛋白は細胞内シグナル伝達にも関与している。
先述したInsulin/IGF1シグナル伝達系に関与するだけでなく、クロトー蛋白はP53/P21シグナル伝達経路を介して、細胞が分裂を休止したりアポトーシスになることを制御している。また、クロトー蛋白はcAMP活性を亢進させ、protein kinase A&Cシグナル伝達経路にも影響を与えている。最近では幹細胞の分裂と維持を調整しているWntシグナル伝達系に対して、クロトー蛋白はその活性を抑制していると報告されている。

補足:βクロトー遺伝子:マウス及びヒトの遺伝子データベースの検索により、αクロトー 遺伝子と類似のヒット配列が見出され、それを手がかりとしてαクロトー蛋白と相同性の高い(41%アミノ酸配列相同性)βクロトー蛋白をコードする遺伝子が発見された。βクロトーは脂肪組織・肝、・膵臓に多く発現している。
βクロトー蛋白も、FGF15/19と協同してFGF受容体4に結合してシグナル伝達を行い、胆汁酸の恒常性を維持していると考えられている。同様に、FGF21とも協同してFGF受容体(1c/2c)に結合してシグナル伝達を行い、主にエネルギー代謝を制御しているが、まだ未解明の部分が多い領域である。